銀座いせよしについて

2018年11月19日 (月)

元文化庁長官の近藤誠一様より「銀座いせよし 創立10周年記念の集いによせて」ありがたく頂きました。

銀座いせよし 創立10周年記念の集いによせて


(2018年11月16日  近藤誠一様より)

 

千谷美恵さん、

銀座いせよし創立10周年、まことにおめでとうございます。

偶々海外出張中で、出席がままなりませんので、一言文章にてお祝いを申し上げます。

 

私はかねてより、伝統文化に接するには、2つのことが大切だと考えてきました。

第一に、伝統とは、その世界に長く、深く身を沈めて初めてその技の神髄を会得できるということです。言葉による説明、つまり理屈の積み重ねでできるものではなく、体で感じる、いや感じることすらないままに自然に体の一部になるものです。一子相伝は、それを実現するための最良の手段として、先人たちが考え出した知恵なのでしょう。でも、これだけでは伝統の半分しか語っていることになりません。

 

もう半分は何でしょう?伝統とは、その外の世界から客観的に見、その価値を厳しく疑い、挑戦して、それでもいいと分かって初めてその普遍的力を確認・納得できるものだということです。伝統に価値があるのは、そこに時代と空間を超えた、人間にとっての真理があるからです。ですからいまの若い人に全く相手にされないものがあるとすれば、それは若い人が伝統を理解しないからではなく、その伝統に、いまの若い人の心を揺さぶる力がないから、つまり最早、真の伝統ではないからなのです。

 

私の存じ上げている伝統文化の巨匠たちは、みな海外の異文化に接し、自分と戦い、苦しみ、絶望の果てに、自分の国の伝統の本当の価値に目覚めた方々ばかりです。その経験により、自分が携わる伝統の強みと弱み(つまり普遍性の有無)を理解し、それを修練の糧にしたのです。それが厳しい、修行に耐える力を与えたのです。

 

これが、伝統と、ひとりよがりの即席オタクや浅薄な大衆趣味との違いです。

 

従って伝統とは、「守る」べき古い価値ではありません。普段心の奥に、無意識のうちにもっているが、自分の生まれた環境とは全く異なる価値体系に身を置き、そこでの精神的生存を目指すとき、はじめて、自分の心の奥にあって普段は気づいてこなかった懐かしい文化の価値として、評価できるものなのでしょう。

 

その意味で、「アメリカ」 の「金融」 会社で活躍された千谷さんが、「日本」 の「着物」 という、まるで正反対のものを生業にすると決断された直接のきっかけが何であれ、それは自然なことであったと思います。四半期ごとの数字、マーケットシェア、出世などの価値観は、自分の一面を試す手段としては便利でも、いつの間にか自然に包まれた人間性を蔑ろにする習性が身についてしまう危険があります。銀座いせよしの創立が、欧米近代合理主義の脆さを暴露したリーマン・ショックの年であるのは、偶然ではありません。

 

私は年に20~30回位しか着物を着ることはありません。何となく憧れて、着始めましたが、着る前は、ちゃんと着られないのではないかと、いまでもちょっぴり憂鬱です。着てからも、どこかおかしいのではないかと、いまでも不安です、何かあったときにうまく対応できないのではないかと心配します。

 

でもそれは、着物が悪いのではなく、時間に追われる現代の都会生活を基準にしているから不便に思うだけです。生活を着物に合わせればいいのです。それだけの価値が着物にはあると思います。

 

着物の魅力、それは着る20分ほどの間に、

蚕や植物のもつ命とやさしさを感じ、味わいある色をくれた草木に感謝し、

糸を撚り、布を織り、染織し、デザインし、仕立ててくれた無数の職人さんたちの、

まだ見ぬ着る人を思う暖かいこころと、品質にこだわる職人気質を感じ、

数本の紐と四角い布地を縫い合わせただけのシンプルさが醸す機能性に驚嘆する、

ことにあります。

 

そして着ている間の心地よい緊張感、きちんとした姿勢、自然と自分を一体にしてくれる力、日本人であることの小さな誇りもまた格別です。

 

グローバル化と科学技術の革命的変化の下で、伝統文化が危機に陥っていると言われます。しかし私はそうは思いません。着物に代表される日本の伝統の本当の価値が、やっと世界の人々に理解されるときが来たのだと思います。伝統とは時代、空間を超えて、人類に生きる意味を与え、心の拠り所を与えてくれるものです。そして今の世界で、その力があるのは日本の伝統です。着物です。それをつくり、生かすのは、われわれです。

着物がなくなることはありません。なくなるのは、日本人がこの世から消えるときです。

 

細やかなお気遣いで、こうした喜びを与えて下さった千谷さん、有難うございます。これからも、ここにお出での皆さんと力を合わせて、日本の伝統を守り・・・いや、生かし、つくり続けていって下さい。

 

10周年、本当におめでとうございました。

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2018年4月18日 (水)

十周年を迎えての感謝です

卯の花、小手鞠と白い花々が咲き乱れる季節となりました。 

皆様、いかがお過ごしでしょうか? 

日頃より銀座いせよしをご愛顧頂きありがとうございます。

「皆様のおかげで銀座いせよしは、この四月で十周年を迎えます。」

まことに御贔屓、ありがとうございます。

そこで本日は改めて、感謝の意を表するとともに、当店を設立したいきさつを、お伝えしたいと存じます。

まずは私ごとですが、日本が全体的に西洋嗜好で歩んできた時代に、私も幼稚園からピアノや洋画を習い、英米ポップやハリウッド映画を好んでまいりました。大学卒業後は女性も対等に働けると、アメリカ系銀行のシティバンクに勤め、その合理性やスピードを学びました。 

そして九年が経ったころ、両親が老いていく中で、四代続いた実家の呉服店「伊勢由」の跡継ぎがいないことを憂い、銀行を辞めて実家の跡継ぎとなりました。それは、わたしが小さい時から着物が好き、という気持ちが大きかったからだと思います。1999年でした。 

仕事を始めると、着物の美しさ、和の世界の奥深さにどんどん魅了されました。もっと知りたい、知ったことを伝えたい、と好奇心と共感を求める気持ちが湧いてきました。 

当時、呉服業界では職人が激減、廃業、倒産と相次ぎました。新しいお客様を増やしたくても、世間では、和の文化は外国のもののように遠い存在、と捉えられていることを知りました。 

お客様に店に入って頂く工夫を様々考え、失敗を繰り返し、行き着いたのが「銀座で小さな和講座」でした。

能、華、香、書、三味線、小鼓、骨董の見方、などが一年目に催した講座です。気軽に広く和の文化に触れる形式のセミナーを作り企画しました。 

それは、閉鎖的と思われていた和の世界では無謀に見えることでした。

当時は「本物の○○先生がみえるのですか?」と聞かれたくらいです。

しかし、意外にも一流の先生は皆、気さくで、惜しみなく核心を教えて下さいました。そしてこの講座は好評を得、その後10年続けて今では250回以上を数えています。

この頃から、目には見えないもの、例えば“和服が持つ力”や“ご先祖の存在”などを深く感じるようになりました。すると、私の周りには不思議なことが頻繁に起こるようになりました。 

例えば、正倉院の御物の復元などをさせて頂いた、先祖である木画士の木内喜八、半古、省古、三親子の存在が、あるきっかけから判明しました。千谷家は初代に子供がいなかったことから、二代目は土屋家より養子をもらい初代と同じ、千谷由太郎を名乗らせました。同じように土屋家より木内家に養子に入ったのが、木内半古です。木内半古は喜八の甥にあたります。

(弊店のブログに詳細がありますので、参考にご覧くださいませ。 

http://www.iseyoshi.info/blog/2015/06/post.html   

http://www.iseyoshi.info/blog/2017/11/post-7ea7.html  )

 そのおかげか、ご先祖たちを通じての恩師や人様との出会いが、今では大切なご縁として続いています。その他にも先祖を知る方々との出会いが増え、そうした方々の話を通して、暖簾を守ってきた先祖たちが、忍耐強く、時に壮絶で、早逝の方も必死に生きたのだという足跡に学ぶようになりました。

そうした事柄に不肖なわたしが気付いたのも、ご先祖のおかげでした。

 現在は伝統的な日本文化の衰退で、和服も職人さんの技術のこもった品が途絶えかけ、大量生産型に移行しています。そんな中、若い世代や和服を知らない方々にその魅力を伝え、少しでも技術が継続されるよう、これからも魂の入った着心地の佳い和服をご紹介して参る所存です。

 どうぞ、今後ともお引き立てくださいますようにお願いを申し上げ、ここに筆を擱きます。

銀座いせよし 和服創案店 店主  KIMONO Designer

千谷美恵(ちたにみえ)

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