女将の一言

2012年9月 6日 (木)

三代目女将冨美さんと番頭の向井さん

今週は伊勢由三代目の女将冨美さんと中学卒業後50年伊勢由で働いて下さった向井米男さんのご命日です。冨美さんはセンスの良い人で伊勢由が新店舗を開く時に尽力を尽くしたとのこと。昭和三年、残念ながら店舗が完成する前に30代の若さで亡くなりましたが、その後店舗は映画の撮影に使われるなど、伊勢由繁栄に繋がりました。

向井さんは私が子供の時から知ってる番頭さん。名古屋の栄メルサ店の店長として至極真面目に働かれ、名古屋店を締めて一月後に亡くなり、名実共に伊勢由とともに一生を尽くした方でした。お二人に深謝です。

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2012年8月14日 (火)

TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」で金春祭りのお話

8月8日(水)TBSラジオ(6:30〜8:30)「森本毅郎・スタンバイ!」のトークファイルのコーナーにて
嶌信彦さんが金春祭りについてお話くださいました。ネットで8月14日まで聴くことができますので、是非お聴きくださいませ。

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2012年7月28日 (土)

ザ ギンザさんの社員研修と資生堂パーラーのソーダ水

5月、ザギンザさんの社員研修の講師に呼んで頂きました。銀座ならではの接客方法、働く女性の日常的な心がけ、悩み多き30代女性の困難の乗り越え方など、話題は色々でした。店長のショーコさんに自前で着物を着て頂き、着崩れワンポイントアドバイスも致しました。20120523_172417


資生堂パーラーのソーダ水。かつてモボ、モガの間で流行ったとか。しかもさっぱりして美味しい!20120723_205704


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2012年7月27日 (金)

記念日にデザイナーさん、アトリエ ボウさんとの一夜です。

皆様のお陰さまで弊店も開店より三年三ヶ月がたちました。開店の際にご尽力頂いた方々はたくさんいらっしゃいますが、こちらは店のデザインをお願いしたアトリエ ボウさんご夫妻。実家、伊勢由の頃より店づくりには労を要しましたが、彼らはやっと出会った何でも相談できるデザイナーさん。今日はボウさんがデザインしたお店の一つ、麻布のエスクリーバでお食事です。こちらはおいしいイタリアンと、新進作家の画が楽しめ、東京タワーの背景の元、気候の良い日は外でもリラックスしてお食事ができます。

明治元年に伊勢由が創業されてからの144年を考えると、私が銀座いせよしを立ち上げてからはたったの三年三ヶ月です。ただ代々の先祖のバトンタッチを受け止めながら、皆様に支えられて今があることを深く心する毎日です。20120724_201433


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2012年7月25日 (水)

江戸ゆかた 撫子柄の浴衣でサッカー応援!

銀座いせよしの江戸浴衣は、こんな柄の浴衣が欲しい、と思うと図案士に墨書きで図案を描いてもらい、それを元に和紙を3枚重ねて柿渋で薫製した紙の型を型士に彫ってもらい、その型を染屋へ持って、注染という手法で染めてもらいます。そんな手染め浴衣は染料が生地目をふさがないので、風通しが良く、涼しさ抜群です。又、自分の寸法にぴったりの手縫いの仕立ては着崩れ知らず。今年は夏が終わっても秋や春にも着られる、少し生地のしっかりした「おうち浴衣」も作りました。割烹着を着て、家でも着物、に挑戦しませんか?20120724_174246
絹紅梅 撫子柄 


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雨の日も車に乗って出かけてね。

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暑い日も扇子であおいで心にはバラの花を!

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兎のようにツキを呼び(絹紅梅)、小蝶のように羽ばたいて。

オリジナル絹紅梅   反物価格     79,500円
オリジナル江戸浴衣  仕立て込み価格  31,500円
オリジナルおうち着物 仕立て込み価格  33,000円
仕立て期間は約2週間(ご相談に応じます)です。

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2012年6月 8日 (金)

壱番館洋服店にて


壱番館洋服店にて長唄演奏会が行われました。
店内を即席に舞台に変えて渡邊社長と長唄プロの方による生演奏です。琴と笛も加わって銀座の夜はひととき賑わいました。

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2012年5月28日 (月)

東をどり

新橋花街の伝統芸能の粋を披露する東をどり、新橋演舞場にて今年も始まりました。大正14年から始まり今年は第88回だそうです。舞、邦楽、料亭の軽食、点茶席と普段は少し敷居の高いと思われる和の文化がギュっと凝縮されて体験できます。5月30日まで三部制です。当日券もあるかもしれないので、ご都合のつく方は是非いらしてくださいませ。

普段は静かで可愛らしい千代加さんも舞台ではきりりと清々しい印象でした。

点茶席はこのような感じです。とらやさんがこの日のためにこしらえたお菓子がおいしい。


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2012年5月21日 (月)

金環日食

金環日食よく見えましたね!朝は曇っていましたが、6時半頃から9時過ぎまで、時折雲に覆われたものの、綺麗に見えました〜私もソーラーフィルターを工作してばっちり見ました〓

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2012年5月19日 (土)

「着物で女子会」 at ザギンザと at 資生堂パーラー

『着物で女子会』実施しました。その日は着物を家でお召しのみゆきさん、美容院に寄られた雅世さんが銀座いせよしに来店。みんなでいざザ ギンザのパーティーへ。会社帰りのえり子さんと藍さんはザギンザの着替え室をお借りして着物に着替え、パーティにて全員集合しました。遊園地のように夢のあるザギンザさんの化粧品とディスプレイを堪能した後、資生堂パーラー4階へ。おいしいお料理とパーラーさんの気の利いたサービスのもと、遅くまで笑いの尽きない夜でした。
この女子会、銀座いせよし又は伊勢由の着物か帯で参加のこと、が規定です。弊店のお客様はみんな参加資格がありますので、是非「参加したい!」のお声をお聞かせくださいませ。
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満場一致なら男子の飛び入り参加も可能です!

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2012年5月15日 (火)

都一中先生 演奏会at銀座いせよし と atセルリアンタワー能楽堂

都一中先生の弊店にての演奏会は盛況の中行われていました。今回は昼間にも関わらず、20代から70代の男性のお客様もいらして、天候不順にもかかわらず着物姿の女性も目立ちました。演奏とお話はいつも感銘を受けます。邦楽が少しづつわかってきました、と連続でいらっしゃるお客様や、洋楽と邦楽の違いがとても興味深い、などの声を伺い皆様それぞれの感想を持たれたようです。
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下記の写真は先日渋谷のセルリアンタワー能楽堂にての一中先生お弟子さんの会です。以前ご紹介した弊店の衣裳を召していただいている合唱団の方々も、半年を経て着物姿がすっかり板についています。


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2012年4月24日 (火)

着物美人になりましょう!花崎杜季女さん

 

地唄舞花崎会家元(財)地唄舞普及会協会代表の花崎杜季女さんの講演を聞きに白金台にある素敵な空間-松岡美術館に行きました。花崎氏のお話から、地唄舞は江戸時代後期、上方から良家のたしなみとして発展したもので上方舞ともいうそうです。
舞「まい」は「まわる」からきて、これは神へ捧げる動きでもあります。上にはね上がる「踊り」とは少し違います。静に前に進むカタツムリのことを「マイマイ」と呼ぶのもこの語源からとのことです。そして舞の中にある「踏み」は神への祈り、土地への感謝の意でもあります。
 これはご存知の通り、能や祭りなどでも馴染みのある共通の日本人の神佛に対する心の表現と言えます。

その他、花崎先生は美人のしぐさを数々教えて下さいました。
その中から今日はいくつかご紹介しますね。

着物美人の座り方
ーあごをひいて、首は上に引き上げる、丹田(おへその下辺り)に力を入れて腕を一旦後ろにまわし、肩を落としてから手は前へ持ってきて膝の上に。

着物美人の立ち方
ーおへそは前向きのまま肩を落として後ろ方向へ、胸を開いてあごを肩にのせる感じ。

着物美人のしぐさ
その1ー脇は卓球ボール一つ分しか開けない。
その2ーものを取る時は下から手をのばす。
その3ー手を上に上げる時は肘を下向きに。
その4ー電車のつり革を持つ時は肘を巻いてから上に上げる。
その5ー手を前に出す時は肩を後ろにひく。

実践したい方は是非銀座いせよしまでおいでください。ご一緒にいたしましょ。

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2012年3月31日 (土)

「日本の春―日本神話・桜と木花之開耶姫」

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『桜は古くから日本に自生する植物で、『古事記』『日本書紀』にも登場します。
桜の花が咲くのは毎年農事が始まる直前であるため、田の神が宿るといわれ、大切にされてきました。
奈良朝の頃に中国から梅が伝来、その香りのよさから大変に愛されるようになり、「花」といえば梅の花を指すほどでしたが、平安期になって国風文化が花ひらくと、再び人々の気持ちは桜に移り、以後ずっと、「花」=桜 の時代が続いています。
その桜。なぜ「さくら」というのかについては諸説あって、「咲く」に複数を示す「ら」がついたのだという説、稲(サ)の神が憑依する坐(クラ)だから「さくら」だという説、木花之開耶姫(コノハナサクヤビメ)からきているのだという説に大別できるようです。いずれの説が正しいかは専門家の研究におまかせすることにして、ここでは、最後に出てきた木花之開耶姫について、もう少しお話ししてみます。
* * *
桜の花が愛される理由。それは花のかたちの愛らしさ、枝にこぼれるように咲くみごとさもさることながら、ぱっと咲いてさっと散ってしまう、その儚さも大いに関係していることでしょう。平安貴族は、名残惜しさに心がかきたてられるさまを歌に詠み(『古今和歌集』の「春」の部には桜の歌がずらーっと並んでいます)、後に武士の世となると、桜には散り際の潔さがあるとして、「花は桜木、人は武士」と、 倫理的な尺度からこれを讃えました。
それで、桜のように美しいとされる木花之開耶姫ですが、彼女にもまた、命の儚さをおもわせる伝説があります。木花之開耶姫は、天照大神の命により、高天原から天下った(いわゆる「天孫降臨」です)瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に求婚されます。姫の父親は喜んでこれを承諾しますが、 どうか姉姫ももらってやってほしいと言い出します。開耶姫には磐長姫(イワナガヒメ)というお姉さんがいました。開耶姫ほしさにそれを受け容れた瓊瓊杵尊ですが、いざもらいうけてみると、磐長姫は妹とは少しも似ていない。つまり、まあ不美人だったわけです。それも我慢できないほどだったらしく、瓊瓊杵尊は彼女を親元へ送りかえしてしまいます。舅は嘆いて言います。「私は、花が咲きほころぶような繁栄をとの祈りをこめて開耶姫を、岩のように揺るがぬ命をと磐長姫をそれぞれ差し上げたのです。それをいま磐長姫を戻された。あなたとその御子孫は、花のように美しいだけで、儚い命となってしまいましょう」
このため瓊瓊杵尊の御子孫である歴代天皇の寿命は永遠ではなく、その遠い子孫である我々の寿命もまた儚く短いのだ――『古事記』はそう言っています。

* * *
不老不死を望む立場からすると、瓊瓊杵尊はまったく余計なことをしてくれた、ということになりますが、美しく栄えることと、長く命を保つこと――このふたつを両立させるのは、神話の時代から、なかなか難しいことのようですね。しかも、繁栄をもたらす木花之開耶姫が美しく、永遠の生をさずけてくれる磐長姫が不美人であった、というのも意味深長です。
そうして、遠ーーーいご先祖が磐長姫を離縁したために永遠の命を諦めざるをえなくなった我々が、いまだに懲りることなく、美しく咲いて散る桜が好きだということも。』

*注
梅(杏)、桃、桜と春を告げる植物ですが梅・杏や桃が邪気祓いの重要な要素(食しても)であるのに対し、桜は華やかで現代人にも愛されますが儚さの象徴である対比に意味があります。邪気を祓えると言う事は清陰の良い氣質があり、華やかとは陽の氣である訳です。

以上ご指導をいただいている僧正様に教えていただきました。
皆さんもそんな桜を身につけて春を楽しんでみませんか?

写真の友禅染帯 95,000円 絞り帯上げ 16,800円 洋角染分け帯締め 13,650円

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2011年11月20日 (日)

一中音楽文化研究所設立

都一中先生の一中音楽文化研究所設立記念パーティに行きました。

一中節(いっちゅうぶし)は初代都太夫一中(1650年~1724年)による創始で、浄瑠璃の一種。国の重要無形文化財。

三味線音楽としてよく知られている常磐津、清元、新内、宮薗節、富本節、豊後節などは全て一中節からスタートした流派で、その中でも最も繊細で優美とされ、当時、江戸の町人の上流階級の間で最もハイソなものとしてブレークしたという流です。

今回は一中節を世界へ、未来へ広げていくために都一中12世家元が都一中音楽文化研究所を設け、設立記念パーティの運びとなりました。
邦楽を今まで一度も体験したことのない、男性十数名の一年間のお稽古の成果に「猩々」の合唱をご披露。ほとんどの皆さんが初めての黒紋付とは思えないほど、堂々と舞台に立っておられその姿はとても格好良かったです。

ありがたいことに、弊店はその衣裳を担当させていただきました。
大多数が和の世界に無縁だった方の紋付袴をご用意させていただいて、それぞれのご要望がとても勉強になりました。
黒紋付には白の羽織紐と決まっていますが、特注で深紅にお染めしたり、草履も紺の台に黄色の鼻緒に赤いつぼ、などそれぞれ個性的。
 ピースマークの五つ紋などなど、男性たちのおしゃれ心はとどまるところを知りません。呉服屋の固定観念はすっかり払拭されました。
又、それを容認なさる一中先生は確固とした古典を守りつつ、一般に広めようとする努力に満ちあふれ、お弟子さんの全員の口から一中先生のお人柄に魅かれて一中節を習っている、と伺います。
 ご成功をお祈りするため、今回の黒紋付は白生地からご注文をいただいてから黒をお染めして、仕立て上がった後には弊店においてお浄めもしていただきました。

私の大好きな芸者さんお二人、新橋の喜美勇さん、赤坂の三紀子さんの舞も素敵で会場はしっとりと。
パーティーは大盛況でした。

この数ヶ月はとても充実したお仕事をさせていただき、日本の大切な文化を守り、発展させていく喜びを改めて感じています。
両方の祖母が三味線が上手だったので、私は小さい時から三味線を聴くのが好きでした。
そして、1868年に創業した伊勢由の初代が残した、たった一枚の写真の裏に一言だけ「一中節の大家」と書いてあったことは、偶然ではないと思っています。
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2011年11月12日 (土)

国立劇場にて長唄三味線の会



三味線の会をやりました。初めての国立劇場での演奏、めちゃ緊張しました!
前日は浅草見番にて、リハーサル。できの悪さに沈没してからの一夜づけ猛特訓の成果あって当日はなんとかサマになりました。終わって後輩が楽屋に来てくれた、ホッと一安心の一枚です。それにしてもプロの方々と一緒の演奏は気持ち良かった!

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2011年11月 2日 (水)

ウィーンフィルハーモニー管弦楽団


ウィーンフィルハーモニー管弦楽団リハーサルに行きました。
指揮者自らがピアノの演奏もあり、リハーサルでは、ピアノを弾きながら、指揮しながら、指示を出すというすごわざ!
終わった後に演奏者から、指揮者に対して拍手がわいたのが印象的でした。

今回は原発の影響で、日本公演は希望者のみの来日だったそう。(いらした演奏者の方々、サンキューです)
リハーサルは店の営業時間前に行かれるので嬉しい。朝いい音楽を聴くと一日中気持ちいいですよ。

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2010年7月20日 (火)

立川志の吉さんの落語会

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昨日7月19日は立川志の吉さんの落語会が国立演芸場でありました。

実はこの会のために新調したお座布団は弊社がご用命を賜り、
ご用意させていただきました。

舞台の上でたっぷりと、落語家が座すこの座布団にも、その道に長けた職人技の秘話があるんです。

江戸期に粋、ともてはやされた杜若色の正絹の生地を選んでいただいたら、いざ仕立てへ。

よく見るお座布団は四隅だけでなく、真中にも糸の房がついています。それは真中でとめる方が綿が動かない、という利点があります。

ところがこの布団職人、長嶋さんは上等な縮緬の生地に針の穴を真中に開けるのは忍びないと、生地を思いやって、綿の入れ加減のみで動かないようにするのです。そうすれば将来、この布団を何かに縫い直すこともできるのです!まさに愛情たっぷりのお座布団です。

楽屋でお会いした志の吉さんは、おおらかで、親しみやすく、たちまちファンになりました。

着物で落語を聞きに行く、っていいですよね。

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2010年6月22日 (火)

梅酒造り

先週末、朝起きてみるとすっかり陽射しは夏。急いでオリジナルレースの半襦袢にピンの絽の半襟を5分でかけ、綿麻着物を出して、一重で軽い絹の半巾帯を締め、 いざ外へ。
んーやっぱり夏物は涼やかでいい。

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2010年5月26日 (水)

単衣の帯選び

こごみ、こしあぶら、しどけ、ふき・・・おいしい季節ですね。
山のエネルギーをたくさんいただけます。

そして元気がでたら単衣の着物を着てお出かけしませんか?

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2009年7月 9日 (木)

女将の一言 金春の能

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8月7日いよいよ銀座の恒例行事、実家の金春通りにて、金春祭りの季節がやってきます。
でも今日はそれよりずっと先の12月「良いお年を=!」なんて言ってる頃の話です。
来る12月13日(日)国立能楽堂にて金春流80世ご宗家のご長男、金春憲和氏が道成寺を舞われます。
歌舞伎ではよく見る道成寺も私は能では見たことがありません。それもそのはず、道成寺を舞うということは、能楽師にとっては一世一代なんです。
金春流は聖徳太子から続くお家柄、とすると日本人の歴史は金春流の歴史、と言っても過言ではない。
とするとこの道成寺はまさしく、われわれ日本人の歴史的瞬間なのです。
その中でもクライマックスの「鐘への飛び入り」は命をかける場面、(瞬間でもタイミングがたがえば。。。)
実はチケットは売り出すとすぐ無くなる恐れがあるので、ブログを見ていただいた皆様に少々情報をリークしてしまいます。

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